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首の痛み
首下がり症候群
首下がり症候群(DHS)とは
首下がり症候群(Dropped Head Syndrome:DHS)は、首を後ろへ起こす筋肉(頚部伸筋)の力が弱くなり、頭が前へ垂れてしまう状態です。見た目だけでなく、前が見えにくい・歩きにくい・食事でむせやすい・首や肩がこるなど、生活に幅広い不便を起こします。
高齢化やスマートフォンやパソコンの長時間使用などで前かがみ姿勢が増え、特発性(明確な病気が背景にない一次性)の首下がり症候群が増えています。一方で、パーキンソン病・重症筋無力症・甲状腺機能低下症・放射線治療後・脊柱の後弯変形など、別の病気が原因の二次性首下がり症候群もあります。初期は「首を起こそうと思えば一時的に起こせる」ため見逃されやすく、早期の見立てがとても重要です。

首下がり症候群の原因
一次性首下がり症候群の中心は「姿勢ストレス×加齢変化」です。長時間の前屈(スマホ・タブレット・パソコン・家事・介護・掃除・荷造りなど)が続くと、首と胸の境目(頚胸椎移行部)に負担が集中し、C6〜T1付近の項靭帯付着部で炎症や微小損傷が生じます。これが続くと、頭板状筋などの頚部伸筋が弱り、頭を起こしにくくなります。さらに過度な伸展/屈曲ストレスが積み重なると、筋が変性・壊死へ進み、回復しづらくなることがあります。
なんらかの病気が背景に隠れていることもあり、
①神経筋の病気(重症筋無力症、まれにALS、ランバート・イートン症候群など)、
②神経変性疾患(パーキンソン病などに伴う筋の変化)、
③内分泌・代謝(甲状腺機能低下症)
④脊柱の配列異常(胸腰椎の強い後弯)
などが関わります。これらがあると、同じ姿勢負担でも首下がり症候群を起こしやすくなります。
首下がり症候群の症状
一番の特徴は“chin-on-chest”――あごが胸に近づき、前方を見上げにくくなることです。初期は仰向けに寝ると自然にまっすぐに戻ることが多く、立位でも短時間なら起こせます。首の痛みは発症初期に目立ち、その後1〜2カ月で軽くなる一方で、首下がり自体ははっきりしてきます。歩行時のふらつき・転びやすさ、新聞やスマホが顔に近すぎて読みづらい、食事でむせやすい・よだれが増える、車や自転車の運転が怖い、といった日常の困りごとにつながります。進行するとC6〜C7付近の骨の突起(棘突起)が目立ち、代わりに肩甲挙筋や僧帽筋が張り出して見えることがあります(頑張って支えようとする代償反応ですが、頭を直接持ち上げる力は弱い筋です)。
次のような場合は早めの受診が必要です:急に悪化する首下がり、物が二重に見える・まぶたが下がる・飲み込みにくい(神経筋疾患のサイン)、しびれや手足の力が入りにくい(頚髄症や神経根症の合併)、体重減少や発熱(他疾患の可能性)。
首下がり症候群の検査
まず診察で、首を反らしてみてどれだけ持ち上げられるか確認し、必要に応じてしびれ・筋力・腱反射・歩行もチェックします。
首のレントゲンでは「まっすぐ前を向けているか」を確かめ、(可能であれば)うつ伏せでの撮影も行って首の動きや姿勢の変化を見ます。全身のバランスを見るために、背骨全体の立位レントゲンも撮り、背中が強く丸くなることで首が下がっていないかを確認することもあります。
必要に応じてMRIを撮り、首を支える後ろ側の筋肉に炎症やむくみがないかを調べます。典型的な所見がはっきり出ない急性期には、首の前側の筋肉のけいれん(ジストニア)やパーキンソン病など、別の原因の可能性も一緒に考えて診断します。
首下がりの原因検索としては、血液検査(甲状腺、炎症反応、自己抗体)や電気生理検査(反復刺激・筋電図)を行い、まれに筋生検で炎症や変性の程度を確認します。
首下がり症候群の保存治療
基本は手術以外の保存療法です。目的は
①首の過度なうつむき(過屈曲)を避けて頚胸椎移行部の伸筋を守ること
②上位胸椎の後弯を改善して頭と胸郭の関係を整えること。
装具は「ゆるめの頚椎カラー」を用いてうつむきを抑えつつ、動かせる範囲は残します(前後を逆に装着すると顎あてが緩み、使いやすい場合があります)。ただし病変は首と胸の境目にあるため、カラー単独では支えが弱く顎が痛くなることがあります。上位胸椎を安定させる鎖骨ベルトを併用すると、頭頚部の支持が高まり、楽に前方を向きやすくなります。
リハビリは段階的に行います。急性期は等尺性(力は入れるが動かさない)で頚部伸筋を「呼び戻し」、痛みと炎症を落ち着かせます。次に等張性運動へ進め、肩甲帯・胸椎の可動性を引き出し、胸椎後弯の拘縮を少しずつ解きます。骨盤・腰椎の支持性が弱い方は体幹トレーニングも併用します。多くは月1〜4回の外来リハでホームエクササイズを指導し、継続してもらいます。
首下がり症候群の手術療法
適切な保存療法を3カ月続けても腹ばい・四つ這いでまったく頭を起こせない場合は、急性期には項靭帯の完全な剥離を疑い、首の可動域をできるだけ保てることを利点とする人工靭帯による再建術を検討します。術後はおよそ6週間、無理のない等尺性トレーニングから始め、四つ這いで頭を持ち上げられる(MMT3以上)ことを目標に段階的にリハビリを進めます。一方で、頚椎の骨変形が強く枕なしで仰向けになれない、あるいは可動域が著明に落ちている場合は、軟部組織の治療だけでは矯正が難しく、インプラントを用いた矯正固定術が必要になることがあります。
二次性の首下がりでは、重症筋無力症や甲状腺機能低下症、パーキンソン病、脊柱後弯など基礎疾患の治療が最優先です。再発予防には、画面や本を目線の高さで見る、長時間の前かがみ作業はこまめに休憩する、椅子には深く座って背もたれを活用する、やや高めの枕で起床時のうつむきを避ける、荷物は両肩で分散するなど、日常の姿勢・動作の工夫が有効です。大切なのは早期に診断し、装具とリハビリを丁寧に継続することで、回復と日常生活のしやすさが着実に高まります。
参考文献)
・首下がり症候群の病態 なぜ生じるのか? – 神経内科の視点から -. The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine 62(3): 219-224, 2025.
・首下がり症候群へのリハビリテーション治療の位置づけ – 脊椎外科医の視点 -. The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine 62(3): 251-256, 2025.
・首下がり症候群を理解するための画像評価. The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine 62(3): 225-231, 2025.