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けが(外傷)
肩腱板断裂
肩腱板断裂(Rotator cuff injury)とは
腱板は上腕骨と肩甲骨をつなぐ4つの筋肉と腱(肩甲下筋、棘上筋、棘下筋、小円筋)から構成されるインナーマッスルです。上腕の挙上運動の際に上腕骨頭が肩甲骨の関節面(グレノイド)との間で動揺せずスムーズな関節運動を行うため、関節を安定化させる作用があります。けがや加齢による変性で腱板が損傷すると、関節のバランスが悪くなり、肩関節運動時の痛み、ひっかかり感を生じます。

腱板断裂は日常で遭遇することが多い疾患です。有病率は40歳代以降から徐々に増加し、高齢者では少なくとも3人に1人以上は断裂があるとされます。70歳代ではなんと40%以上の方で腱板断裂を有するとする報告すらあります
(Journal of Shoulder Elbow Surgery. 2010; 19(1): 116-20.)
肩腱板断裂の原因
原因は主に以下の3つに分けられます。
① 転倒して腕をついたり、ひねったりした際に生じる外傷性断裂のもの
転倒、交通事故での高エネルギー外傷、重量物の運搬時に腱板断裂が起きる可能性があります。野球、テニス、バレーボール、バスケットボール、ラグビーなどのスポーツも原因となりえます。肩関節の脱臼、脱臼骨折、肩関節脱臼などの外傷に合併して腱板断裂が生じることもあります。

② 加齢に基づく変性断裂
年齢とともに腱板が老化し、すり減ってしまうことで断裂が生じます。肩の腱板も関節軟骨と同じように消耗品としての側面があります。加齢変性に伴う腱板断裂の多くは利き腕に発生しますが、反対側の肩腱板断裂も合併していることが少なくはないため慎重に診察を行う必要があります。

③ ①と②の混合型
加齢により変性が生じて弱った腱板はより軽微な外傷で断裂を起こすことがあります。腱板の断裂部は自然に治癒したりくっついたりすることはなく、断裂部位が徐々に拡大していきます。
肩腱板断裂の症状
肩の奥深くにある鈍い痛みが典型的です。夜間に疼痛が強く、睡眠を妨げることがあります。髪をとかすことや背中の後ろに手を回すこと動作が困難になります。腱板が損傷していても痛みが生じない場合もあります。
最近の医学的トピックスとして肩に限らず、長引く慢性的な疼痛にかかわる一つの因子として「中枢性感作(Central sensitization:CS)」という概念があります。
これは「通常であればそれほど強い痛みではないはずの局所の傷害が、中枢(主に脳)で感作・増幅されて強い疼痛と認識してしまうこと」を指します。つまり大したことのない局所の傷害が強い疼痛として増幅されてしまい日常生活に支障を及ぼすということです。
CSは疼痛強度に直接影響を与え,不安、心理的ストレス、抑うつ、パニック障害、破局的思考などの心理的因子と密接に関係すると考えられています。遺伝的素因があり、天候にも影響を受けるとする報告もあります。「雨の日になぜか痛みが強くなる」というのは、実際に診察室でもよく患者さまが言われますが、あながち気のせいというだけではないと示唆されています。
腱板断裂と五十肩の症状はどのように違う?
五十肩(肩関節周囲炎)は、特に誘因がない状態で突然肩に痛みが生じ、その後肩の動きが徐々に制限されていく症状が特徴です。一方、腱板断裂は外傷や加齢に伴う変性(退行性変化)が原因で発生することがあります。典型的な症状として、腕を上げようとするときに痛みを感じるものの、自分で挙上が困難な場合でも、他者が肩を持ち上げると挙上が可能であることが多いです。
このように五十肩と腱板断裂では原因や症状が異なるため、適切な診断と治療が求められます
肩腱板断裂の検査
- レントゲン検査
単純レントゲンは基本的な検査です。エックス線では腱板を見ることはできませんが、肩峰に骨の棘、関節の隙間で狭くなっていることを認めることがあります。
- 超音波検査、MRI
レントゲンでは確認できない腱板断裂そのもの、さらには断裂の程度を評価することができる非常に有用な検査です。MRI は断裂の新旧、詳細な断裂範囲など手術を計画するうえで必須の検査といえます。腱板の部分断裂は、腱板の連続性が途絶した部分に滑液が貯留している場合は比較的容易です。しかし、滑液が少ない場合には診断が難しくなります。部分断裂後に生じる瘢痕組織や肉芽組織は、T1およびT2強調像で中等度の信号強度を示すことがあり、これが原因で腱板断裂の診断や他の病態との鑑別が困難になるケースがあります。
腱板の全層断裂
全層断裂の評価では、断裂の大きさ・形態、断端の位置、腱板構成筋の萎縮および脂肪変性についての評価が重要です。断裂の大きさに関しては、Cofield分類がよく用いられます。具体的には、断裂の長さが1cm未満を小断裂、1cm以上3cm未満を中断裂、3cm以上5cm未満を大断裂、5cm以上または2つ以上の腱の全層断裂を広範囲断裂と分類します。また、形態に基づく分類としては、EllmanおよびGartsmanによる分類が広く知られており、三日月状(crescent)、逆L字状(reverse L)、L字状(L–shaped)、台形状(trapezoidal)、広範囲(massive)に分類されます。断裂の断端は、筋収縮によって内側へ退縮するため、腱板の修復術を行う際には断端の同定が重要です。断端の位置によって、付着部近傍(Grade 1)、上腕骨頭(Grade 2)、関節窩(Grade 3)の3つのグレードに分類されます。
肩腱板断裂の治療
腱板断裂に対し、必ずしも手術が必要となるわけではありません。初期の疼痛が強い時期は、抗炎症・鎮痛薬の処方、関節内注射、理学療法による疼痛緩和を試みます。腱板断裂の直後は疼痛のため肩を挙げられなくなりますが、およそ2週間~3ヶ月程度で徐々に肩の運動が可能となることが多いです(疼痛の改善については個人差があります)。
上記のような保存的治療法を継続してもなお疼痛が残ったり、肩の運動機能に制限があって日常生活に支障が残るときに手術療法を検討します。断裂が小さければ(1cm程度)多少の痛みはあっても肩の運動はできますが、断裂が大きくなると(3cm以上)、肩の痛みが強くなり運動できなくなります。特に夜間痛によって眠れなくなったり、夜中に目が覚めてしまうなどの睡眠障害を伴う場合、青年〜壮年期の年代では早期社会復帰のため手術を早めに検討することがあります。
肩腱板断裂に対する手術加療
肩腱板断裂の手術は断裂の大きさによって異なります。棘上筋断裂部が 1 cm までの小断裂、3 cm までの中断裂では関節鏡を用いた腱板修復術によって良好な術後成績が報告されています。しかし3 cm以上の大断裂・広範囲断裂になると,縫合してもまた断裂してしまう(再断裂といいます)可能性が30%以上にも上ると報告されています。
しかし,再断裂しても再縫合にいたる症例は少なく術後経過(関節可動域制限や疼痛の改善)も悪くないと報告されており、必ずしも手術療法に意味がないわけではありません。
さらに棘上筋の断裂が 5 cm 以上と大きく、ほかの腱板も断裂している 2 腱以上断裂は一次修復不能腱板断裂と称され、治療が難しいとされます。
参考文献)
・Rotator cuff injury. Mayo clinic.
・整形外科看護. 2024 vol.29 no.1
・腱板損傷. 臨床画像 Vol.39 No.1 2023.

先生から一言
肩の腱板損傷は、たんなる肩の痛みとして整骨院やペインクリニック等で漫然と治療されていることも多い疾患です
放置すると腱板断裂が進行してしまうため、早期に診断を行い、適切な保存治療を行うことが重要です