DISEASE DETAILS 疾患一覧
腰・背中の痛み
交通事故後の腰痛(腰椎捻挫)
交通事故(特に追突)で身体に急な力が加わると、腰の筋・靱帯・関節・椎間板などに負担がかかり、急性腰痛を生じることがあります。研究の統合解析では、事故で腰や頚部などを負傷した人は、将来の腰痛になるリスクが非受傷者の約2.7倍と報告されています。事故後1年時点でも少なくとも約31%に腰痛が持続するとされ、慢性化の予防が重要です。
慢性化には、受傷直後の痛みの強さや機能障害、睡眠障害・不安などの心理社会的要因が関与し得るため、早期からの適切な介入が鍵になります。
原因・起こりやすい病態
事故直後にもっとも多いのは腰椎捻挫(筋・筋膜・靱帯の損傷)で、次いで椎間関節(ファセット)障害/捻挫、仙腸関節障害が続きます。椎間板損傷は既存の変性が事故を契機に顕在化する形も含まれ、痛みの持続要因になりえます。骨折(圧迫骨折・横突起骨折など)は頻度としては多くありませんが、高齢・骨粗しょう症・強い衝撃といった背景がある場合は優先的に評価します。慢性化した症例で痛みの責任部位をブロックなどで丁寧に同定すると、原因は一般に椎間板性>仙腸関節性>椎間関節性の順で見つかることが多いと報告されています。なお、一部では結合組織の脆弱性や骨棘・椎間板ヘルニアなど既存の変化が素地となり、軽微な外傷でも症状が遷延することがあります。
検査
まずは受傷機転と症状の時間経過を詳しく聴取し、痛みの性質(安静時か動作時か)、放散痛の有無、しびれや筋力低下などの神経症状を確認します。触診と誘発テストで椎間関節・仙腸関節の関与を推定し、必要に応じて診断的ブロックで責任部位の絞り込みを行います。並行して、赤旗(レッドフラッグ)—発熱、夜間・安静時痛の増悪、進行性の神経脱落、重度外傷歴、高齢・骨粗しょう症、がん既往やステロイド長期内服—を最優先でふるいにかけ、該当時は速やかに精査へ進みます。
画像は目的に応じて選択し、X線で骨折・すべり・アライメントを概観し、超音波で軟部損傷の把握や注射ガイドに活用します。症状が遷延したり神経学的異常を伴う場合はMRIで椎間板や神経根・軟部組織を評価し、骨折や石灰化の精密評価やMRI困難例にはCTを用います。
まれに、体位で増悪する起立性頭痛など腰痛以外の随伴所見から低髄液圧症候群(脳脊髄液減少症)を鑑別に挙げることがあり、この場合は過剰検査を避けつつ、症状の体位依存性と時間経過を踏まえて関連診療科と連携して評価します。
治療
目標は痛みの軽減、機能回復、そして慢性化の予防です。急性期は、安静を必要最小限にとどめ、可能な範囲で日常活動を継続します。鎮痛はアセトアミノフェンやNSAIDsなどを組み合わせ、リハビリ(理学療法)を行います。痛みが強く機能障害を伴う場合は、局所注射(椎間関節・仙腸関節・トリガーポイント等)を選択肢とし、短期的にコルセット等の補助を用いることもあります。
回復期から慢性期にかけては、体幹安定化訓練や柔軟性改善、姿勢・動作の再学習など個別化リハビリテーションを軸に、痛みの仕組みの理解、再発予防、睡眠・体重・職業性負荷への配慮といった患者教育を重ねます。骨折が疑われる場合は画像で確認し、安静・装具・鎮痛を中心とする保存療法や骨粗しょう症治療を行います。
受診の目安
次のいずれかに当てはまる場合は、早めの受診をご検討ください。
- 事故後の腰痛が数日〜1週間以上続く、または増悪している
- 足のしびれ・筋力低下、排尿排便障害がある
- 安静時・夜間の激しい痛み、発熱を伴う
- 高齢・骨粗しょう症・がん既往・ステロイド内服中
- 強い衝撃や転落を伴った事故
予後と再発予防
事故関連の腰痛は1年で約3割が持続するとの報告があり、早期からの適切な鎮痛・活動再開・運動療法が慢性化を防ぐ鍵です。受傷直後の痛みや機能障害の程度は経過に影響しうるため、過度な安静を避け、段階的に活動量を増やす戦略が有効です。適度な身体活動は慢性化リスクを下げる可能性があり、体幹筋機能の改善、作業環境・姿勢の見直し、十分な睡眠と栄養管理が再発予防に役立ちます。
当院での対応
- X線・超音波を用いた初期評価と、危険徴候の早期除外
- 超音波ガイド下注射や個別リハビリによる早期機能回復
- 症状に応じた連携医療機関でのMRI撮像・専門治療のご提案
- 仕事復帰・日常活動への具体的アドバイスと再発予防指導
- 体位で変動する頭痛等を伴う場合は、専門科と連携した鑑別・評価を行います
参考文献)
・Nolet PS, Emary PC, Kristman VL, Murnaghan K, Zeegers MP, Freeman MD. Exposure to a motor vehicle collision and the risk of future back pain: A systematic review and meta-analysis. Accid Anal Prev. 2020;142:105546.